自分と向き合い、今この瞬間を生きる

2017年9月23日

かなサポ日誌

人生の棚卸をしてみて・・・

人間の平均寿命は年々高くなっていますが、すべての人がその年まで生きる保証はありません。人の命には限りがあるということ。このことは誰もが分ってることかもしれません。
だからこそ人生のエンディングをしっかりと考えることで不安を安心に変え、これからの人生をよりよく生きるためのきっかけになるのではないかと考えております。

しかし私自身、葬祭業に携わっており死を意識して見つめ直すことがありましたが、人生の棚卸をするということは今までありませんでした。今回、人生の棚卸(エンディングノート)を記入していく中で、今まで気付かなかったこと忘れていたことを改めて感じ思い出すきっかけになりました。
若かりし頃の反抗期は、親に反発し毎日毎日遊びに明け暮れていました。そんな自分をいつも支えてくれて見守ってくれていた両親に感謝です。
気づけば両親も60代後半、実際にもしもの時の話をすることが最近あります。

 

母は終活を前向きに考えており、保険は仏壇の引き出しに入ってるから。亡くなったらバラの祭壇を作ってほしい。式の間はシャンソンを流してほしい。最期のお別れはブランデーを飲ませてほしい。など母らしい老い支度を始めました。それと同時に生まれ故郷である九州にもう一度帰ってみたいと、これからの生き甲斐を見つけたようです。私も母方のルーツを求めて唯一健在の祖母と母を九州に連れて行くのが使命かと思っております。
一方父は...「死んだことの事なんか考えられるか」と全く興味なし。もしもの時は葬儀屋であるお前に託すと。想定内の意見でした。それならばコミュニケーションを取り父の話をじっくり聞いて父の人生を共感するのがもう一つの使命かと考えております。父の言葉を残し、母の想いをいつまでも大切にするこが私にとっての道しるべとなるでしょう。

 

葬儀のお手伝いをさせていただき、お別れの場に立ち会うことで感じることは、故人が命というもので残されたご家族に生きていることの上で一番大切なことを教えてくださること。いつもそばにいてくれて愚痴もいえて喧嘩もできて、喜びも悲しみも一つ屋根の下で分かち合うことのできる大切な家族。こんな大切な家族ともいつか必ずお別れします。これが明日かもしれず10年後20年後か誰もわかりません。だからこそ今この時を大切にしていく。
もしもの時に後悔するよりも後悔しない生き方を選んでいく。
そして私たち自分が最期、死を迎える時まで生きるということです。
話ができるその時に自分の中にある大切な想いを伝えていく。自分が自分の人生に後悔しない生き方をしていく。

命というのはかけがえのないものではないでしょうか。すべての人が母が命を懸けて産んでくれました。
出産って命がけです。そして命の結晶から今の自分があります。
そのおかげ様の気持ち。これを決して私たち、すべての人が忘れてはならないと思います。
自分という命の存在は父、母の半分ずつです。
たとえ自分がどれほど偉くなろうが何歳になろうが、いつまでも父と母のおかげ様で自分の命があるということ。そのことを忘れてしまった時、ありがとうと言えなくなった時、幸せの道をはずれていってしまうのではないかと思います。
自分はいつも必ず誰かに助けられ生かされていく、そういう命なんだと。

お葬式は故人を見送り、供養することだけではなく、残されたご家族がそのおかげ様、お互い様の気持ちを忘れないで生きていくことの大切さを、お葬式を通じて感じたり、想うことができるのも葬儀の意義のひとつではないかと思います。

終活は家族との想いをつなぎ、人生のエンディングを見つめ、今後の人生の過ごし方を考え、より良い人生を送るために、そしてご家族が悔いのないお別れにのぞむことが終活の大切な意味なのではないかと思います。

かなサポ日誌

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